親を呼び寄せるかどうか。
その決断は、私にとって“未来の自分”への問いかけでもありました。
ときどき、ふと考えることがあります。
「もし、あのとき呼び寄せていなかったら」
これは、私が想像する“もうひとつの未来”の話です。
親が買い物難民に?遠距離支援の限界
車を手放した親は、日々の買い物が難しくなっていく。 週に1〜2回、私が実家に通って買い物を手伝うようになるかもしれません。
でも、きっと親は「来なくていいよ」「大丈夫だから」と遠慮する。
その言葉に甘えてしまって、気づいたときには冷蔵庫が空っぽだった…なんてことも。
親の『大丈夫』を信じていいの?本音に気づけない距離感
病気を隠す親に気づけなかったあの日
うちの親は、昔から「人に迷惑をかけたくない」と言うタイプ。だからこそ、体調が悪くても、なかなか本当のことを言ってくれません。
実際、以前も手術の前日に「明日入院する」と聞かされて、驚いたことがありました。 呼び寄せていなければ、また同じようなことが起きていたかもしれません。
あのとき、もっと早く気づけていたら…。そんな思いが、今も心のどこかに残っています。
認知症に気づけないまま進む時間
もし、親が認知症になったら。
誰が最初に気づくのか、誰が声を上げるのか。
離れて暮らしていると、そのタイミングを逃してしまうかもしれません。
もし母が認知症になったら、父は早めに援助を要請すると思います。
でも、逆の場合。
父が認知症になった場合、母はきっとギリギリまで私に言わずに頑張るでしょう。
その姿を想像すると、胸が締めつけられます。
「まだ大丈夫」と思っていた時間が、取り返しのつかない時間にならないように。
「迷惑をかけたくない」親の沈黙
介護が必要になっても、親はきっと「自分たちで何とかする」と言うでしょう。娘に負担をかけたくない。その思いが、かえって事態を複雑にしてしまうこともあります。
どちらかの介護が必要になったとき、 「娘に迷惑をかけたくない」と言って、自分たちだけで何とかしようとする気がします。 でもそれが、かえって事態を悪化させてしまうかもしれない。
助けを求めることは、弱さじゃない。そう伝えられる距離にいたいと思いました。
仕事と介護の両立で、私が壊れる未来
私は、大学生の息子を育てながら、これからも仕事を続けていきたいと思っています。
きっと両親も、その気持ちをわかってくれているからこそ、限界まで助けを求めないのではないか。
そんな気がしています。
そして、私が気づいたときには、すでに手遅れになっていて、
「もっと早く気づいていれば」
「呼び寄せていれば」
そうやって、自分を責める未来が見えました。
サポートもしたい。仕事も続けたい。
どちらも全力で向き合いたいと思うからこそ、
罪悪感や焦りに押しつぶされて、
最後には、私の心が先に折れてしまうかもしれない。
そんな未来が、ふと頭をよぎったのです。
後悔しないために、親を呼び寄せた理由
この“もしも”の未来を想像したとき、私は決めました。
親が元気なうちに、近くで暮らす選択をしようと。
それは、親のためでもあり、自分のためでもある。
後悔しないために、今できることを選んだのです。


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