職場の“親の介護”の会話に、胸がざわついた日

親のこと、そろそろ考えようか
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ある日の職場での会話

ある日、職場の同僚が「遅くなりました~」とバタバタと入ってきた。
いつもは始業前に来る彼女が、珍しく遅刻。

「ちょっと聞いてよ」とため息まじりに話し始めたのは、デイサービスに通っているお父さんのこと。
「今日は行きたくない!もう二度と行きたくない!」と大騒ぎで、なだめるのが本当に大変だったらしい。

「うんうん、うちもそう」
別の同僚も頷きながら話し出す。
「お墓参りに行きたいんだけど、足の悪い親を連れていけないから、ショートステイに預けないといけなくて…」

50代も半ばになると、職場で介護の話題がちらほら出るようになる。
いつもは「ふ~ん」と他人事のように聞き流していた私。

でもその日、デイサービスを嫌がったお父さんの年齢を聞いて、ハッとした。
――うちの親より若いじゃない。

親の介護なんて、まだまだ先の話だと思っていた。
でも、気づけば何もしていない。
急に、胸がざわついた。

弟との温度差に、もやもやした話

うちの両親も、もう80代。
介護が必要になってもおかしくない年齢だ。
…なのに、元気だから、これまで全然考えてこなかった。
しかも実家は遠方。何かあっても、すぐには動けない。

焦った私は、弟に電話をかけた。

でも、電話口の弟はのんびりした声で、
「え、うちの親もそういう年齢になったのかなぁ。で、なに?何か気になることあるの?」

――いやいや、そうじゃなくて。
介護のこととか、今後のこととか、みんなで一度ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないの?

「そう言われても、別に具合悪くないし、まだいいんじゃない?
こっちも忙しくて、なかなか帰れないんだけど」

…って、まるで迷惑そうな口ぶり。

いやいやいや、もし万が一、認知症になったら?
銀行口座が凍結されたり、手続きができなくなったり、いろいろ大変なんですけど…!

ちぐはぐな会話のまま電話を切ったあと、
私の中には、どうしようもない焦りだけが残った。

「まだ元気だから」は、いつまで通用する?

弟とのちぐはぐな会話のあと、
私はふと、義母の姉のことを思い出した。

数年前、認知症を発症して、
お姑さんが成年後見人になり、
お金の管理や手続きに奔走していた。

「通帳が見つからない」
「施設の支払いができない」
「本人の意思が確認できないから、手続きが進まない」

そんな話を、何度も聞いた。
大変そうだった。
でも、あのときはまだ、どこか他人事だった。

でも今は違う。
あのときの“大変さ”が、急に自分の足元に迫ってきた気がした。

「うちはまだ大丈夫」
そう思っているうちに、ある日突然、現実がやってくるかもしれない。
そのとき、誰が動く? どうやって決める?

私は、あの電話のあと、もう一度考え直すことにした。

呼び寄せを考え始めたきっかけ

職場の同僚のひと言をきっかけに、
私も「親の介護、どうしよう…」と不安になりました。

でも、よくよく考えてみれば、うちの両親は今のところ元気。
介護がすぐに始まるような兆しは、まだ見えていません。

それでも――
遠く離れて暮らす親が、いつか介護を必要とする日が来る。
そのとき、私はどう動けるだろう?
弟と、ちゃんと話し合えるだろうか?
親の希望を、ちゃんと聞けるだろうか?

そんなことを考えた末に、
わが家が選んだのは「呼び寄せて近くに住む」という選択でした。

この決断に至るまでの経緯や、実際にどう進めたのかについては、
👉 親を呼び寄せるという選択|わが家が決断した理由

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