「親を呼び寄せるのは“親孝行”だけじゃない」。そんな想いが、私の中に芽生えたのは半年前のことでした。
「親を呼び寄せて近くに住んでもらう」。その考えが、ある日ふと頭の中にストンと落ちてきたのです。 突拍子もないようでいて、なぜか迷いはあまりありませんでした。でも、心の奥にはずっと引っかかるものがありました。
親が思い描いていた人生を、私が捻じ曲げてしまったのではないかという罪悪感。不安。そして、ほんの少しの後悔…。 そんな気持ちを、今あらためて整理してみようと思います。
夫を亡くし、息子たちの巣立ちを前に感じた不安
私は4年前に夫を亡くし、息子2人との3人暮らし。大学生と浪人生の彼らは、近い将来自立して家を出ていく未来が待っています。
その後私はひとりになり、目標を失ってしまうのがこわい…そんな気持ちが私の中にありました。
もともと私は面倒くさがりや。特に食べてくれる人がいないと、自分の食事の手抜き加減が酷い。作り置きの煮物を何日も食べ続けても平気だし、値引きシールの貼られたスーパーのお惣菜を買っちゃいます。不健康になるのは目に見えていました。
外に出るのもおっくうになってしまうのです。
「このままでは自分がダメになってしまう」という嫌な予感がしました。
「親を呼び寄せる」という選択肢が浮かんだ理由
そんなときにふと浮かんだのが、「親を呼び寄せる」という選択でした。
最初は自分でも驚きました。まさか自分がそんなことを考えるなんて。でも、気づけばその考えが頭から離れなくなっていたのです。
久しぶりに帰省したとき、両親に「こっちに来て近くに住むのはどう?」と聞いてみました。 すると、「えっ、いいの?」と、思いのほか嬉しそうな返事が返ってきたのです。
もちろん、親の安心や生活の安定のためでもありました。でも、それ以上に、私自身がこのまま一人になることへの不安を抱えていたのだと思います。
近くに誰がいること。何気ない会話があること。 それが、どれだけ自分にとって大切だったのか、あらためて気づかされました。
呼び寄せは、親のためだけではなく、自分のためでもある…そう思えた瞬間でした。
親の生活を変えることへの罪悪感と葛藤
とはいえ、親の生活を大きく変えることには罪悪感もありました。
長年根を張ってきた環境を抜き取ってしまうような感覚。まるで大地に根を張った大木を掘り返して、植木鉢に移すようなものだと感じました。
新しい土地で80歳を超えて道や店を覚えることに不安はないのか、負担を強いてしまったのではないか。そんな葛藤もありました。
親の前向きな姿に救われた私の気持ちの変化
引越しが決まってから、意外にも一番張り切っていたのは父でした。
間取り図を何度も見返しては、「ここにベッドを置いて、こっちにタンスを…」と、家具の配置を考え、部屋の床にマスキングテープで実寸を描いてみたり、メジャーを片手に寸法を測ったり。 まるで新しい暮らしを心待ちにしている少年のようで、その姿に私は何度も笑ってしまいました。
そんな父の様子を見ているうちに、私の中にあった罪悪感や不安が、少しずつほどけていきました。
「本当にこれでよかったのかな」と自問自答していた日々。 でも、引越し当日、父が「この棚はピッタリ収まるはずなんだ」と嬉しそうに話すのを見て、私はようやく「大丈夫かもしれない」と思えたのです。
新しい部屋で、父と母が「この窓からの光、気持ちいいね」と話しているのを聞いたとき、胸の奥がじんわりあたたかくなりました。
あのときの罪悪感は、今では「一緒にいられてよかった」という確かな安心に変わりつつあります。
まとめ:呼び寄せ近居は、親のためであり私自身のためでもあった
呼び寄せは「親のため」だけではなく「私のため」でもありました。孤独への不安を和らげ、未来に向かう力を与えてくれる存在として、親が近くにいてくれることは大きな支えです。
「いい歳して甘えるな」と叱られそうですが、たまには甘えてみるのもいいのかもしれないなと思っています。
そして、同じように「親を呼び寄せたいけれど迷っている」「自分のためにしていいのか」と悩んでいる人もいると思います。そんな気持ちを抱えるのは自然なことだし、私も同じでした。
だからこそ、この経験をシェアすることで、少しでも安心してもらえたらうれしいです。


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