最近、ちょっとしたことを忘れてしまって「え、これ大丈夫かな…?」と不安になることがある。
買い物メモを忘れたり、人の名前がすぐに出てこなかったり、部屋に入って「何しに来たんだっけ?」となったり。
そんな自分に、ふと「もしかして若年性認知症?」なんてよぎることもある。
でも、調べてみると“ふつうの物忘れ”と“認知症の物忘れ”には、ちゃんと違いがあるらしい。
ふつうの物忘れは「思い出せる」
加齢や疲れ、ストレスで起こる物忘れは、
- 忘れたことを自覚している
- ヒントがあれば思い出せる
という特徴がある。
たとえば、
「名前が出てこないけど、顔は覚えてる」
「何を買うんだっけ…あ、そうそう!」
という感じ。
これは脳の老化というより、注意力の低下で起こることが多いらしい。
認知症の物忘れは「体験ごと抜け落ちる」
一方で、認知症の初期に見られるのは、
- 忘れた自覚がない
- ヒントを出しても思い出せない
- 体験そのものが抜け落ちる
という特徴。
たとえば、
「ごはんを食べたこと自体を覚えていない」
「行った場所の記憶が丸ごとない」
「同じ質問を何度も繰り返す」
など。
これは、単なる“物忘れ”とは違って、記憶をしまう場所そのものがうまく働かなくなる状態。
若年性認知症は「かなりまれ」
40〜50代でも発症することがあるけれど、実際にはとても少ない。
しかも、若年性の場合は
- 仕事の段取りが急にできなくなる
- 性格や行動が大きく変わる
- 同じミスを繰り返す
など日常生活の“質”がガラッと変わることが多い。
「最近忘れっぽいな…」と自覚できている時点で、一般的には認知症とは違うと言われている。
忘れっぽさの正体は、たいてい“ストレス”や“疲れ”
実際、私自身も
「やばい、これって認知症?」
と不安になることがあるけれど、
よく考えると
- 睡眠不足
- マルチタスク
- 情報量の多さ
- 年齢による集中力の低下
など、思い当たる原因がいくつもある。
現代の生活は、脳にとって“忘れやすい環境”なんだと思う。
それでも不安になるときは
不安になるのは自然なこと。
家族の認知症を身近で見てきた人ほど、敏感になるのも当然。
でも、
- 忘れたことを自覚している
- 生活に大きな支障はない
- 性格や行動が急に変わったわけではない
という状態なら、深刻に考えすぎなくて大丈夫。
私自身、この違いを知って少し安心した。
だからこそ、こうして記事にしておいて、また不安になったときに読み返したいと思う。
道に自信がなくなったあの頃のこと
子どもが中学生や高校生だったころ、部活の試合で“車出し”をする機会がよくあった。
いつも通っているはずの道なのに、ある時期から急に自信がなくなったことがある。
「この角、左折で合ってたっけ」
「もし間違えたらどうしよう」
そんな不安が胸の奥からじわじわ広がって、ハンドルを握る手が妙に緊張していた。
自分の子だけじゃなく、ほかの子どもたちも乗せている。
責任が重いぶん、いつも以上に慎重になっていたのだと思う。
でも、今振り返ると、あの不安は“道を忘れた”わけじゃなかった。
自信そのものが揺らいでいたのだと思う。
ちょうどその頃、夫にガンが見つかった。
「自分がしっかりしなきゃ」
「父親役も母親役もやらなきゃ」
そんな気負いがずっと心の中にあった。
何の悩みもない“普通の家庭”と同じペースで生きていくことが、正直いっぱいいっぱいだった。
心も体も張りつめていて、余裕なんてどこにもなかった。
だから、いつも通れる道でも不安になった。
判断に自信がなくなった。
普段なら迷わないことに迷った。
あれは認知症のサインなんかじゃなくて、
背負いすぎていた時期の、心と脳の悲鳴だったんだと思う。
今こうして文章にしてみると、当時の自分に「よく頑張ってたよ」と言ってあげたくなる。
そして、また不安になったときは、この文章を読み返して思い出したい。
“あの頃の不安は、忘れたんじゃなくて、頑張りすぎていたからだよ”と。
おわりに
「忘れっぽい=認知症」ではない。
むしろ、忘れたことに気づけているうちは、脳はちゃんと働いている。
もちろん、気になる変化が続くときは専門家に相談するのも大事だけれど、
まずは自分を必要以上に責めず、安心できる材料を持っておくことも大切。
未来の私がまた不安になったとき、
この記事を読んで「大丈夫、大丈夫」と思えますように。


コメント