義母がサ高住に入って一週間。
義兄と息子と一緒に、面会に向かった。
ひとり暮らしの頃は庭の手入れや編み物に夢中だった義母。
今は「暇だ」「散歩しかやることがない」とこぼすことが増えた。
編み物道具を差し入れた義妹の気遣いも、どうやら編み方を忘れてしまったようで活かせていない。
その変化が、胸のどこかに静かに引っかかっていた。
だからこそ、今日の面会が義母の気分転換になればいいなと、そんな気持ちで施設の扉をくぐった。
施設に着くと、義母はせっせと廊下を歩き回っていた。
その足取りには、どこか“外に出たい気持ち”がにじんでいるように見えた。
本当は外を歩き回りたいらしい。
でも職員さんいわく「外に出たら戻ってこれない可能性が高い。外への外出はGPSなどの見守り支援が決まってから」とのこと。
久しぶりに孫に会えて、義母は少し気分が晴れたようだった。
「あなたは〇〇君かね?」と長男の名で呼ばれた次男は、一瞬ビミョーな顔をしたものの、「僕は△△だよ」と優しく訂正していた。
義兄は義母の洗濯物を預かろうとしていたけれど、
「汚れものは自分で洗ったからない」と義母が言い張り、
「本当に洗濯したの?どこにも干してないじゃん」と口喧嘩に。
近いうちに義母の部屋に洗濯機が入るらしいが、
「私はここに長居するつもりないんだから、そんなもん買わなくていいのに」とぶつぶつ言う義母。
ひとつひとつの言動に反応する義兄の気持ちもわかる。
なんとか生活を立て直させたいという思いが、ひしひしと伝わってきた。
一週間前の面会では「私はもう家には帰れないと思ってる」と話していた義母。
今回は「家に帰りたい」モードが全開だった。
日々、その時々で言うことが違うのは、認知症あるあるなのかもしれない。
認知症の時間の感覚
今回の面会で、義母の“時間の感覚”が大きく揺れていることを強く感じた。
過去や未来という枠が薄くなり、
義母の中には「今」という時間だけがぽつんと残っているように見えた。
そう思ったのは、次男の大学入学祝いの食事会の話をしたときだ。
食事会は一週間後の予定なのに、義母はそれを“今日”のことだと受け取ってしまったらしい。
その瞬間、義母の目がふっと光った。
「キラン」と音がしそうなくらい、期待が一気にあふれた表情だった。
足取りも軽くなり、まるで“これから出かける準備”が整ったかのように見えた。
「また来週来るね」と別れを告げたのに、
義母はエントランスの外までついてきた。
義兄はただのお見送りだと思ったようだったけれど、
私にはその足取りが“外に出られる”という期待そのものに見えた。
このまま車まで来てしまうかもしれない。
そう感じて振り向き、
「お義母さん、今日のお昼ご飯は施設で食べるんですよ。食事会は次回です」
と伝えた。
一瞬、義母の表情に影が落ちた。
でもすぐに「ではここで」と言って、足を止めてくれた。
そのとき私は、
義母は“今”を生きている人なんだ
と静かに理解した。
別れ際に「来週また会おうね」と言えなかったのは、
その“今だけの世界”を壊したくなかったからだ。
「NGワード」と「安心ワード」
今回の面会で、義母との会話には“伝えてはいけない言葉”があることに気づいた。
義兄と義母のやり取りを見ていると、どうしても義兄の言葉が義母を追い詰めてしまう瞬間があった。
義母の言葉を否定したり、長い説明を重ねたりすると、義母の表情がすっと曇る。
途中から話が追えなくなるのが、横から見ていてもわかった。
義兄は、母親にしっかりしてほしいのだと思う。
だから語調が強くなるし、つい“正しいこと”を伝えようとしてしまう。
でも、認知症になっても親としてのプライドは残っている。
否定されると反発したくなる気持ちも、痛いほどわかる。
そして、義母には“長い文章”が負担になることもわかった。
「今〇〇ができていないから、〇〇を使って、〇〇して…」
そんな説明が続くと、義母の視線がふっと泳ぎ、話が遠のいていく。
逆に、短くて前向きな言葉はすっと届く。
「お義母さんが元気で暮らせるように、今はここで体調を整えましょ」
そんな一言のほうが、義母の表情がやわらぐ。
今回の面会で、
“混乱ワード”と“安心ワード”は紙一重なんだ
と静かに実感した。
嫁として寄り添える立場に入れたらいいなと思う
義兄も義妹も自分の親だからどうしても必死になってしまう。
私は嫁なので家族よりも一歩引いたところで見ている気がする。
義母の“今”を大切にしながら、これからも静かに寄り添っていけたらと思う。

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