わが家もつい最近、義母の認知機能が進んで介護がスタートしたばかり。
今後どのように進むかわからない不安はあるけれど、先のことを考えてもどうしようもないこと。
でも、友人の話は他人事とは思えなかったし、「こういうことが起こる」を胸の内に置いておくだけでも心の準備ができるような気がした。
いつものランチのはずだったのに
久しぶりに友人とランチをした。 テーブルに運ばれてきた湯気の立つパスタを前に、 「実はね…」と彼女がぽつりと話し始めた。
義理のお義母さんの介護が、思っていたよりずっと大変なんだ、と。
お茶の先生をしていたというお義母さんは、 いつも背筋が伸びていて、言葉も穏やかで、 “上品”という言葉がそのまま似合う人だったらしい。
そんな人が、今…。
会話は普通にできるのに、内容は全部作り話。 そのギャップに、彼女は何度も心を削られているという。
「保険が満期になるから、お金を貸してほしい」
ある日、お義母さんにそう言われたらしい。
長年きちんと家計を管理してきた人だ。 疑う理由なんて、どこにもなかった。
ところが、あとでわかったのは、 その保険はとっくに失効していたという事実。
引き落としができていなかったことも、 満期が来るはずだったことも、 お義母さんの中では“本当のこと”だったのだろう。でも現実は違う。
お義母さんは決して嘘をついているわけじゃない。 でも、信じていた内容が事実と異なる(=嘘)内容だった。
その“ねじれ”が、家族の心を静かに蝕んでいく。
「税金を払っていないので差し押さえます」
役所からの一本の電話で、 友人は文字通り、血の気が引いたと言っていた。
固定資産税、健康保険、介護保険、住民税。 どれも数年分の滞納。
「ちゃんと払っている」と言い張っていたお義母さんの言葉は、 やっぱり“作り話”だった。
でも、本人に悪気はない。 記憶の穴を埋めるために、 もっともらしい“物語”を脳が勝手に作ってしまうのだという。
穏やかな人が、急に攻撃的になる理由
友人は言った。
「あんなに穏やかだった人が、お金の話になると鬼の形相になるんだよ」
その言葉が、私の胸に深く刺さった。
お金は、認知症の人にとって“安心の象徴”になることがある。 不安が強くなるほど、執着も強くなる。
人格が変わったわけじゃない。 脳の機能が変わっただけ。
そう頭ではわかっていても、 目の前の変化を受け止めるのは、簡単じゃない。
他人事じゃない、というざわつき
友人の話を聞きながら、 私はずっと胸の奥がざわざわしていた。
「これは、いつか自分の家にも起こるかもしれない」
そう思った瞬間、 遠くの出来事だったはずの話が、 急に自分の足元に影を落とす。
介護は、いつも“近くにいる人”に負担が集中する。 遠方の兄弟は手伝えない。 金銭的な支援もない。 気づけば、ひとりが全部を背負っている。
友人の言葉の端々に、 その重さが滲んでいた。
心を保つために、私たちができること
認知症の「作り話」は、嘘ではない。 脳のSOSだ。
そう知っていても、 家族の心は揺れるし、疲れるし、傷つく。
だからこそ、
・事実確認は淡々と
・お金の管理は早めに家族が関わる
・ひとりで抱え込まない
・「悲しい」と思う自分を責めない
このあたりを、そっと自分の中に置いておきたい。


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